楸〜ひさぎ〜(1


 ざざざ・・・

 ガザザザ・・

木々深い森の中を男は走る


その手には小さめの狩猟用の弓に見えるが術譜が貼られており、飛距離を上げる。
その矢にも破魔の念が込められており・・・妖魔の類を封じる事が出来る。

 パシィィ・・・

時折目に見えぬ何かに向け矢を放つ


 たたたたた



黒い影が木々を渡る
延々続く木々の合間を抜けて走る


『くはははは・・・その程度の力で我を滅しようとは、甘いな!!』
深い森の中反響する声

 パヒィゥッ
声のする方へ放つ

 ガザザ・・

 ッッカコッ

「くぅ・・・卑怯な、姿を見せろっっ!!」


葉を何枚か貫通し樹に当たる

 ザクザクザク・・・



 びゅんびゅんっ


 しぱしぱしぱ


気配のある辺りに向けて矢を放つ



『くはははは・・・何を云うか、我は貴公の前に居るぞ。我の姿が見えぬのは貴公の力の

無さ故だ。・・


くはは・・うぐぇっほ、ぐえっほ、ぅぁ・・・』



「じゅ・・・術譜が効いたのか?・・・それとも破魔の念?」



「ぐぇほぐぇっほ・・・蜘蛛の巣を吸い込んじまったぃ・・・。
うぅむ・・ぐへぇ・・・次に逢うまで精進せえよ・・・ぐぼほぉぉ・・ぬぉっ』


 チチチチチ
 ピピピピ



鳥の声のみが響く・・


「・・・・・・奴の気配が消えた・・・」




の頭上・・・




「あやつ・・まだ居るのぅ・・・何をウロウロしておるか・・・カッ・・・」


と、蜘蛛を吐き出す・・爪先で持ちぷらぷらと振る。



「ふん・・この蜘蛛をあやつの頭に落としてやろうか・・・」







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「くそぅ・・・まだ俺の力では奴の姿すら捉えられないのか・・・」


立ちながら膝に手を置き肩で息をする・・・
今までにも何体もの妖魔を封じて来たと云うのに、姿すら見えない。
そんな奴を相手に。



 つぃ・・・ぽとり



「うわわw何だこれっ…」



頭髪の中を何かに動き回られ慌てる。

「蜘蛛…か。」



と周りを見回すと彼方此方に張られている蜘蛛の巣。









 ひゆゅゅ・・・



 ふぉふぉふぉふぉふぉ・・・



蜘蛛の糸の風切り音・・・何とも不気味な音色を響かす。





「帰るか・・・」


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「何をやっておるんじゃ…お主は…?」




「そうじゃ…あのような小者…お主なら直ぐ縊れ様に…」



「ぐぇっほえぇっほ…ふはははは楽しかろ…あれが当代の木隠の一族の3人のうちの
長兄ぞ。」



嬉しそうに話す。



「あれが…か…」




「ならば何故我らを?同属ではないか…」



「まだ、奴は知らぬからな…知らぬ奴が我らの様な異形を見た時の反応を知らぬ訳
では無かろう。そして、それを封じる力も持って居るとなれば…勘違いするのも無理
は無い。」


「若いのぅ…」



「だから…じゃ。我を追って居れば奴は他のモノに見向きもせん…あの場には女郎蜘蛛
の奴も居ったと云うのにそのまま帰ったじゃろうが。」



「ふん…主はどうするのじゃ?いずれ追われ追い付かれて滅されるのを待つのか…」




「はっは…我は生きた…生きすぎじゃ、そろそろ後代に任せても…とな。」



「よく云うわ…」


「その気も無い癖に…からかうのが好きなだけじゃろ。」


「ふっふっふ、分かるか?暇つぶしじゃ…。」


「あ奴も可哀相にの…


黒き妖しが笑う

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 キュキュキュキュ・・・

 キキキー・・・


 パパパッパッパパー


「気をつけろーどこ見て歩いてんだー!!!」


急停車をした車の前に
腰に届く程に長く伸びた千歳茶色の真っ直ぐな髪の女性。
白い日傘を差し、濃い色の峠道にはふさわしくない踝まである長い若草色のワンピース
を着ている。


「どけよ、おい。何やってんだあんた。」

車の運転者が怒鳴る。

そんな声にも動じず、その女性は立っている。


 チャッ


運転者が車から降りる。
その風体はバミューダに赤い柄シャツを出した今時の若者の姿


「あんた、何やって…」

傘を払おうと手首から肩までtatooの入った手を伸ばす。

「あ、ま…待って…」


突然の声に若者が道路端を見ると、自分より頭2つ分位大きな男が
ガードレールを乗り越え近付いて来る。
身の丈に似合わぬか細い声で若者を止める。

「な…なんだ、おまえ。」


若者は胡散臭そうに見る。
舌打ちをし、傘を払う。



 カサリ
持ち主の消えた傘はアスファルトに落ちる。

そこにある筈の女性の顔は無く

「あれ?」

男の方を向くと姿は無い…



「お嬢様、こちらへ…」


いつの間にか女性の手を引き道路の端へ…



「あ、おい何だよ…」


チッっと舌打ちをして車に戻り走らせる。



バックミラーを見ると…あれ?居ない…

「な…なんだったんだ?」

アクセルを踏み込みもう、後ろを見ることも無く逃げるように車を加速させる。




白い傘がゆらゆら・・
大男の姿は無く、女性はふらふらとまた車道を歩く…







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泥の付いた着物に髪を後ろに縛った髭もじゃの男


ガサガサと道なき道を歩く。

その手には狩猟用の弓と腰の筒に矢が数本。


 キュキュキュキュ・・・

 キキキー・・・



 パパパッパパパー


「気をつけろーどこ見て歩いてんだー!!!」

「え?…なんだ?」



周りを見渡す



「どけよ、おい。何やってんだあんた。」

の声の方を見ると、禍々しい気を放つ妖魔が車に乗っていた若者と揉めている

「あいつは…」


男は弓をぎゅっと握り普段近付かない様にしている麓の道路に近づく。



ガードレールに取り付いた所で車が走り出す。

「……っあ、無事か…」
妖魔の姿も無い

「くそっどこへ・・?」


辺りを見回すと目の端に見慣れない物が見えた。


ふぅっっと振り返るとその場には不似合いな

白い日傘と峠道にはふさわしくない踝まである長いワンピースを着た女性。


「は?…え…何だ?あの人は…」




登山者ならあんな格好はしては居ない。


ふらふらと覚束ない足取りで道の真ん中を歩く。

あまり車の通りは多くない道ではあるが・・・


「さっきの車から降りたのか?」



男はガードレールを乗り越え女性に近付く。

「何をしてるんですか?車道の真ん中で、危ないですよ?」

女性はきょときょとと見回し、在らぬ方向に顔を向け


「あ、すみません。路肩はどちらでしょう?」


「え?あ、こっちです。」


男は驚き、女性の手を引き道路の端へ導く。

「すいませんこんな格好で…」
手を引きながら男は話す。

「いえ…見えませんから…」


「え?見えないって…」

急に立ち止まり振り返る。
それが見えない女性は止まれず男を押し倒す。

「ぉあっ!!っとぁ」


「んむっ」


「すいません」



「いえいえこちらこそ。」

「っつ…」

男は立ち上がり、女性の肩を持ち起こす。


「す…すいません急に止まったりして…。」


「いえ…」

「見えない…んですか?」

「いえ全く見えない訳ではなくて、昼盲症…明るい所は苦手なんです。
暗いと平気なんですけど…」


「そう…ですか、大変ですね。」

「長いこと暗い所に居ましたもので…」


女性は暗い顔をして黙り込んでしまった。








 パタタタ・・・


 パシッパシッパシッ・・・




「あ、こりゃいけねぇ…」


道路に黒い染みが点々と・・・

タパタパタパタパタ・・・・・


広がる染み。


「雨…ですか?」



「えぁ…あー近くに俺が宿にしている庵があるんだが、大丈夫か?」


「はい。伺います。」

「いやぁ、伺うって程のもんでも無いけど。」



 ザー・・・



 パタパタ・・テテテン・・トトント・・テン・・ポッション


 パタパタ・・テテテン・・トトント・・テン・・ポッション



パタパタ・・テテテン・・トトント・・テン・・ポッション


古びて朽ち果てかけた庵
藁葺きの屋根は落ちていた

囲炉裏の上にはどこからかひらってきたらしい
トタン板が重ねられ雨が降っても濡れない様に…


トタンに落ちた雨は瓶に集まる様に樋が掛けられている。


「すいません、あちこち穴が空いてるもんで…」


「いえいえ気になさらないで下さい。あら?お着物にも穴が…」


「あ、いやいや、って、目が?」

「はい、この位の明るさなら…」


「あはっははは」


「くすくすくす」

「すいません、こんな格好で。」

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庵を見下ろす木の上に二つの影。

「何を…見ておる?」



「くはははは…面白いものが見れるぞ…木隠の小僧がな、」



「うん?ほおおっほっほ、女か…」






「うむ。自分の庵に連れ込みおった。」


「くっくっく、意外とあやつ助平だな…」


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雨は降り続く


「止みませんね…」



「そうですわね…」


「あぁ、駄目だ。直にだと濡れちゃいますね。」


屋根は有っても床は腐り落ち囲炉裏は有るが
座る場所など無い。


ごそごそと濡れない様にブルーシートを掛けてある山の中から

木製の折りたたみの机と椅子を出して

椅子を女性に勧める。



ズゴゴゴゴゴゴ・・・・


自分は石臼をズッて持ってきてそこに座る。


「お茶飲みますか?と云ってもコーヒーしか無いですけど。」

水筒の水をトレックケトルに入れ、灯油式のバーナーの上に乗せ火を点ける。

「あ、大丈夫ですか?」


「何が…でしょう?」


「ゃあ、家の人が心配とか…しないかなと。」


「居ませんから…」


「え?」


「家の人は居ません・・一人…なんです。」


「あ、そうですか…」


聞いたらいけない事を聞いてしまったみたいで、沈黙に耐えられず

「あ、そいや名前云ってませんでしたね。俺は楸。こんな山の中に居るのは、妖怪退治
やってるんだ。」
「妖怪…退治…ですか?」
妖怪なんて一般の人に云って不審者に思われたかな

「えぇっと…いきなりで信じられないかもしれないけど。居るんですよ妖怪ってのが。
まやかしで姿を消したり、人の姿をして見せたり、そうして人間を騙すんだ……

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 2)へ続く…




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