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紫蘇
「なぁ・・・紫蘇、・・・紫蘇ってばよ」
「なぁって、紫蘇?」
「気付いてるんだろ?無視すんなよ」
闇に馴染む物静かな声
「こっち来いよ・・・いいぜーこっちは」
「な・・・来いって、楽だぜ?こっち側はよ?」
・
・
・
・
「気付いてるんだろ?おまえも・・・こっち側だって・・・」
はぁぁっ・・・
ため息をつく為に・・・息を吸い込む様な呼吸音
ぅ・・・
ふぅぅぅ・・・
叫ぼうか・・・
躊躇うかの吐息・・・
・
・
・
・
「紫蘇?・・・なぁ・・・」
ぁっ
軽く吸い込む息
「うるさい・・・」
聞こえるか聞こえないかのか細い声
「うん?どうした・・・紫蘇」
「うるさい・・・来るな、話かけるな、気が散るっ・・・」
「ははっ、修行不足だな。紫蘇?」
「うるさい・・・うるさい・・・うるさいっっ」
消え入る様な声
自分にのみ聞こえる小さな声
「紫蘇?」
「五月蝿いっ黙れっっ」
静寂を突き破る大きな声
カッ・・・キリキリキリ・・・・・・・・・・・・
シィュピッ
カサササッサッサッサ
コッ
傍らに置いて有った弓を取り
弦を引く
声のする方へ向け矢を射る
何枚かの葉を貫き
何かに当たる
静寂・・・
「ぅあっぶねーな、当たったら痛いじゃ済まねぇぞ?」
闇から聞こえる声が怒鳴りつける
「五月蝿いっ・・・当てる気で射たんだっ 避けるなっ」
縁側に姿を見せたのは巫女の装束を着た
腰まで伸ばした茶色の髪の少女
「くっくっく・・・無茶を云う・・・我らはその矢にかすっただけでも
相当の痛手を負うと云うのに・・・
冗談が過ぎるぞ?紫蘇・・・
私と遊びたいなら・・・そう云えば迎えに行くものを・・・」
「冗談・・・だと?私は本気だっ。誰が貴様などと・・・」
カタン・・・
シュッ・・・
襖が軽く揺れ
開く・・・
「お姉さま?・・・どなたか、お客様ですか?」
不思議な雰囲気を持った少女
この少女もまた紫蘇と呼ばれていた女性と同じ巫女の姿をしている
闇の声の気配がふぃっと消える
紫蘇は静かに目を閉じ
ふぅ・・・と息を吐き出す
「いや・・・何でもない・・・」
「でも、今どなたかとお話を?」
「誰も居ない・・・」
「でも・・・」
「誰も居ないっ・・・こんな時間に誰が来ると云うのだ?」
苛立ったように言い放つ
「・・・そう・・・ですね。もう・・・遅い時間ですし、そろそろお休みなさいませ」
そんな苛立ちの言葉を気にしない・・その言葉を受け、そっと包むように言葉を返す
「あぁ・・・もう、そんな時間か・・・」
ひぃひゅぅ〜
ざざざざざ…
かさっ
「くくっ待ってるぜ?紫蘇?」
風に紛れ聞こえるか聞こえないか・・・
それとも幻聴か・・・
________________________________
チチチ・・・ピィーヨピィーヨピーィヨ・・・
ざっざっざ
がささっ
チチチチチ・・・
ざっざっざっざっざ
がさっ・・・
「確か・・・この辺に・・・」
木々の茂った森の中
緑や茶、黄色の世界の中、
異彩を放つ赤と白の装束
腰まで伸ばした茶色の髪をなびかせ
何かを探すように歩く
高くそびえる楠木
「・・・あ」
紫蘇の住む神社の境内に祭られている楠木より高く太い幹
雷によって裂かれ出来た
そのウロに昨夜放った矢が置かれていた。
「あった・・・」
もう葉も落ち朽ちかけても強く
大地を掴む根を持った楠木
「この・・・木は・・・そう、確か父様と・・・」
楠木の樹・枝・葉から取れる樟脳は防腐剤として用いられたり
その防腐効果を利用して皮膚病の軟膏として使われた
打撲には樟脳を粉末にして黄伯末と卵白で練って湿布としての
効果も有る・・・
父様は薬草を取りに私をよくこの森連れて来られた
この楠木からも良く・・・
「・・・あぁ・・・父様・・・。」
紫蘇は楠木の樹肌に手を当て目を閉じた・・・
ざざざざざざっ
風が落ち葉を巻き上げ
紫蘇の頬を撫ぜる
「ぅ・・・」
誰かに抱きしめられた様な感覚・・・
「だ・・・誰だ?」
薄目を開ける
あれは・・・懐かしい・・・あの・・・人は・・・
「父様・・・?」
ザッ・・・
不意に辺りが暗く・・・明るく・・・
「幻術?・・・まさか、結界・・・」
「ぅう・・・鴉・・・?」
黒い・・大きな・・翼に包まれた様な・・・
どこか懐かしい・・それでいて怪しい気配の闇に包まれ
そのまま紫蘇は気を失った・・・
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ほう・・・これが紫蘇か・・・
あぁ・・・よく似ているだろう・・・
気の強いところもアレとそっくりだ・・・
っほっほっほ・・・そうかそうかアレとな・・・
あぁ・・・確かに・・・そっくりだ
だが・・・奴の方の気が根強く練り込まれて居るな・・・
そうだな・・・だが意外とあっさり落とせてしまうかも知れん
妹を・・・傍に置いて居るからな
ん?妹?妹が居るのか?
しかしあの中にはコヤツの気しか感じられんが・・・
おうよ・・・妹の方はな我等が眷属よ・・・
しっかりアレの気を受け継いでおる
流石に共には暮らせぬ様でな・・
妹の方が気を使って結界に閉じこもっておるわ・・・
あの中の結界だ・・・そうそう気も漏れては来んさ・・・
やっかいだな・・・
上手く抱き込む事が出来れば・・・
アレを取り戻す事も出来ようが・・・
まぁ・・・今は焦らん事だ
我等にとっての奴等の時間は
ほんの瞬きに過ぎん・・・
じっくりじっっくり時間を掛ければ・・・
奴の気も薄らぐ・・・
時間は・・有るのだ・・・
ふん・・・この程度の幻術に落ちて居る様ではまだまだぬるいの
いやいや、溺れんだけましだ・・・
普通の者なら生きながら御霊抜かれてさまようて居ろうが
こやつは気を手放しおった
それ以上意識を探られん様にな
ふん・・・そんなもんかの・・・このまま意識を操ってこちら側に
引き込んだ方が良いんじゃ無いのか?
それでは意味が無い、こちら側を認めさせねばならんのよ
姿形が必要なら生かして置く意味の無い
・・・・・・・・・・・・
カサッ・・・パシッ
ザザザ
チチチチチチ
む・・・
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ざっくざっくざっく
カサカサ・・・パチッ
「お姉さまはどこまで行かれたのでしょう・・・
たしかこちらの方へ行かれたのを見・・・・・・・・・」
目の前には落ち葉の山・・
「?」
「えーっと・・・何なのでしょうか?これは・・・」
ザッカザッカザッカ
何層にも重なった落ち葉を踏み締めながら
秋乃は落ち葉の山の周りを一周してみた
しゅっ・・・
秋乃はこの怪しげな落ち葉の山を
軽く尻尾で叩いてみた
ふぅっ・・・と紫蘇の香り
「ここにお姉さまが?」
共に懐かしい父の気配・・母の気配
・・・・・・?
「これって・・一体・・」
傍らに落ちていた枝に札を貼り結界を施す。
その枝で枯葉の山を崩しながら呼びかける。
「お・・・お姉さま?」
がざざざざざっ
「っう」
秋乃は猫の習性で瞬間2m近く跳ね上がった
落ち葉の中から無数の黒い塊が飛び立つ
強大な妖気を孕みながら・・・・
無数の塊のうち幾つかは飛び立った瞬間に
消えるモノも有ったが殆どのモノは
二つの塊に吸収される
「ほう・・・あれか・・・」
「ふふっ・・・あぁ・・・面白いだろう?」
「ふっふ・・・あぁ楽しいな・・・」
黒い塊が二つ秋乃を見下ろし頷き合う
秋乃は総毛が立ち2・3歩後ずさる・・しかしそれ以上動く事は出来なかった。
これ以上動けば自分の中で何かが弾けてしまいそうな。
そのまま二つの塊を見上げる事しか出来なかった
「くっくっく・・・楽しいなぁ・・・」
「睨んで居るのか?気丈だのぅ…」
「ちび猫や、そなたの姉は其の中に居る。連れ帰れ・・」
「くっくっく・・何もしては居らぬよ・・今は。の・・くっくっく。」
「其の物言いはいずれ何かすると云って居るようなものじゃないか・・
無闇に怖がらせるものじゃないよ・・」
がざざざ
ずしゃぁぁぁぁ・・
強い風が枯葉を巻き上げ吹きあがる。
すっかり消えた落ち葉の有った辺りに横たわる巫女装束の女性。
全身が濡れ上気している。
「あ・・お姉さま・・。」
体の縛りが解けその場にへたり込む。
あっぁっぁ・・
「あ。」
一気に気が抜け人型を保つことが出来ず猫に変化し、そのまま気を失った。
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