台風一過



 ドッシャー・・・・・・ ザシャシャシャ・・・・・・ 


 ヴァシャァァァ・・・・・・

 ザザザザザザ・・・・・・ カラカラカラ・・・・・・




 ゴゥゴゥゴゥ・・・


「一人で居るのにも慣れたと思っていたのだがな・・・。」



 ギシッギシッ・・・・・・ギギィィィ


 ヒィゥゥゥゥ・・・


人も寄り付かぬ山奥の社。
寄り付かないのではなく、ある種の結界の為近付こうとも考えない森の奥。
更にその奥の山の中。
そんな場所故、電気もガスも無い・・・
井戸が在る為水道の必要も無い。


明かりとは云えば蝋燭か・・・


「おじい様がどこぞから持って来たカンテラも有るが・・・」
どこに置いたかな・・・


 ザザザザ・・・・・ココンコココ・・・・

木々が雨戸を叩く・・・
隙間風で蝋燭の炎が静かに揺れる


 ガタガタガタ・・・・・・



 ドドンドン・・ガタン・・・・・・


 ドドゥ


「あぁ・・・あ・・・」




 ヴァシャァァァ



雨戸が風に負け雨と風が室内に吹き込んで来た。

「あ・・・あぁ・・・」


ゴオゥを湿気を持った風が室内を荒らす。


「ぅうっく・・・」


 ガタゴト・・・ガタン・・・・・・カンカカカ・・・


吹き込む雨に全身を濡らしながら雨戸を嵌め直し、足元に置いてある板と釘で補強する。

「はぁぁ・・・・・・あぁ・・」
消えた蝋燭にマッチで火を点ける。

 カサ・・・シュシュ・・・ハラリ・・サラ

濡れた着物を着替える。

 ピシャ・・・チャ・・・シャシャ・・・・・・

濡れた室内を雑巾で拭く・・・

 ガタガタン・・・タン



 ヒュォゥ・・・




戸板の隙間から風が吹き込み蝋燭の炎が大きく揺れる。

 ヒュゥゥ・・・



炎が消え辺りが暗くなる。




「また・・・か・・・。少し早いが明日に期待して、寝るか・・・。」
布団を敷く為に蝋燭に火を灯そうと暗がりの中マッチを手探る。


 パソッ・・・パタ・・・シャンシャラ・・・コトコト・・・カラリ


マッチの入った箱を倒してしまった。


「あ・・・ 」

手には一本のマッチと空の箱。
床の上に手を這わせるが、床の隙間に落ちてる感覚があるが、掴む
事は出来ない。


「っふぅ・・、この一本だけ・・・か・・・」
半ば自分に呆れた風にため息混じりにつぶやく。

シュ・・・とマッチを擦り火を点ける
ヒュゥゥと風が吹き込みマッチの火を消す。


「・・・・・・・・・ぁ・・・参ったな・・・」


真っ暗な室内ほんのちょっとの時間の筈なのに長く感じる。

暗がりの中ふと父の事を思い出す・・・

「父・・様・・・・・・何故・・・何故私に・・・」

何も無い空を見上げ、はたりと手を床に落とす。
くっと目を瞑り涙を堪えた。


 ビュゥゥォォォゥゥ・・・



 タンタンタンタン・・・・


戸板を雨風が叩く。



「お姉さま、どうかされたのですか?」



「・・・・・・・・・」




「・・・・・・」



「え?・・・」
幻聴か?


「お姉さま?」



「あ・・・秋乃?」



「はい」


「秋乃?」


「はい」



「・・・居たの?」



「はい」


顔は見えないがきっと笑顔だ。


「蝋燭消えちゃいましたね、これを使いましょう」
と、取り出し火を点けた。



 ヒィュゥゥォォォォゥ・・・



隙間風が吹く



だが火は消えない
炎に照らされた満面の笑顔。


「屋外で急な雨風の中でも火が消えない強力ガスライターです。」
とライターを持った手を突き出し
「この強力ガスライターは・・・・・

まるで深夜の通販番組の様な口調で真剣な顔つきに変わり語りだす。
そして手にはどこかにしまっておいたカンテラ


「・・・・・・秋乃・・・もう・・良いから。」


「この様に・・・はい。」


「布団・・・敷こうか・・・。ん?秋乃?」


ゴソゴソとどこからか、くたびれたダンボールの箱を持ってきた。
その箱にはひらがなで

『ひろつてくだちい、おとなしです』

「秋乃・・・何の冗談だ?」


「え・・・とても寝心地が良いんですよ。お友達に貰ったんです。
お姉さまも如何ですか?」


「・・・いい。遠慮させてもらう。・・・・・・友達?」

「そうですか?落ち着くのに・・・」

部屋の片隅に箱を置き、薄汚れたぼろぼろの雑巾・・・に見える
タオルを敷く。
しゅるり・・と帯を解き

「あーきーのー」

大き目の声でゆっくりと呼ぶ。


「はっ・・・はい。」
びくんと肩をすくめきょときょとと何故大きな声を出されたか分からない顔をして
首を傾げる。

「あの・・・あの・・・」


「・・・そっか・・・そうだよね・・・。」

一組しかない布団を見つめ。

「秋乃、一緒に寝ようか。」

「えっえええ?・・・良ろしいのですか?」


ふっと微笑み
「うん、駄目かな?」

「そ・・・そんな、宜しく御願い致します。」
とぺこりとお辞儀
はさり・・と着物が床に落ちた。

「着物は着たままで。ね?」

「あぁぅ・・」
慌てて着物を着なおし帯を締める







「秋乃・・・もう、寝た?」


「いいえ、お姉さま。どうかなさいました?」


「ん・・・さっきの・・・えと・・・」



「私は・・・何もきいてませんよ。」



「あ・・・ぅん。そうか。」 

「じゃぁ・・・おやすみ・・・」


「おやすみなさい。お姉さま。」

 ヒョォォォゥ・・・


 ヒュゥゥゥ





 コンコン・・・カカカ・・・



「秋乃・・・戸板が外れた時・・・」

「ぅ・・・ぇ・・・えー・・えー・・・ZZzzzzzzz・・・・・・」

「秋乃・・・・」



 ・・・パショッンン

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      チチチチチ・・・ピピピピ・・・




  チュんチュン・・・・・・



「ん・・・風は・・・止んだか・・・」



 カサ・・・シュッ・・・



 トントントン・・・クォクキッ・・・クォクキッ・・・キッキッキッキ・・・


日の光の漏れる雨戸に向かい起き出し、打ち付けた板を外す。
眩しい程の日の光

「あぁ・・・いい天気だ・・・。」


「んぅ・・・お姉さま・・・?」


「お早う・・・秋乃。いい天気だ・・・ぁ」

と振り返って見ると何ともまぁあられもない妹の姿。

「にゃぁぁ・・・」
両手を付き背筋を伸ばす・・いわゆる猫あくびする

「秋乃・・・着物を正しなさい。」

寝ている間に何度か寝ぼけて変化した様で、普通旅館などで浴衣を寝巻きに
すると帯だけ残して肌蹴ているなんて云う無様な格好になってしまう人も居
るだろうが、それどころではなく、

 ・・・・・・えー・・・書くの?


 ・・・まぁ・・・着物を肩半分羽織っただけの格好で、ぺたりと床に座り込んで居る。


「帯・・・おび・・・は・・・どこ?」



トットットと廊下に出る。

「秋乃・・・」

「あーはっは。あーぁぅ・・・帯が・・・」

帯は布団のどこかへ


「晴れましたね、お姉さま。」
秋乃は胸の下辺りで両襟を片手で掴みながら姉の隣に立つ。

「そうだな・・・だが、大変だな」


「え?そ・・・そうでも無いですよ、慣れてますから。」

「いや、お前の格好の事じゃ無くてな・・・。」


「あぁー・・・」



境内を見渡すと、折れた枝や葉などが散乱している。
「片付けるのが大変だな・・・。」

「でも、二人でなら・・・です。」

「あぁ・・・」


「あ・・・秋乃・・・昨日の・・・だな・・」


「お姉さま、台風一過ですよ。台風が過ぎ去った後すっきり晴れ渡って清々
しいって事なんですよ。ですから・・・あの・・・」


「そうだな・・・」

「布団片付けて朝食にしよう・・・」

「はいっ。」

  ♪♪ゃぁ・・・ほー・・・


♪♪♪♪ほーほーやっほー・・・


痛いってば・・・

つーかーれーたー


重いからー

「?何だ?」



「何でしょぅ?」

どこからか聞こえる、聞き覚えのある声。



・・・・・・・・・そー」

・・・・・・・・・・・・しーそーーってばーーーー」

まだ寝てるんじゃないですか?」


あたしがここまで来てるってのに?叩き起こしてやるー」

けーるーなー

うるさいわよ、あんたたちは。」


徐々に近付いて来る。


あんずが引っ張るんですよ。」

がんばんなさい、おっとこの子でしょう。もうちょっとだから。」

「なに云ってるんですか、人に荷物持たせて、皆手ぶらで。」


「あたしは朝早かったのよ?皆の朝ごはん作って、お弁当作って。」


「どなたでしょう?お姉さまの名前を呼んでますが・・・」

「ふん、他に居るか、あんな事を大声で云う奴は。」


「ぅおぉっぃしーそー・・・起きてるかー・・・」


「やほー。何だ起きてるじゃないの。返事くらいしなさいよ。紫蘇ぉ。」

茶色の髪の、見るからに元気があふれ出し他人にも分けてやろうかって位元気な
女性が手を振りながら近付いて来る。

「何の用だ?時子。こんな朝っぱらから。」

「何の用はないでしょ?昨日までの台風で大変なんじゃないかなーって」
と云う言葉を遮って、

「紫蘇さん、秋乃さんお早うございます。昨日夜じいちゃんが・・・」
を、また遮って


「はーいはいはい、透くん黙って、そーれーに、あっち向いてなさい。」

「時子さん何を云って・・・」

寝巻きである着物をしっかり着た女性と、しわくちゃになった着物を
軽く羽織っただけの女性を見上げて・・・

「あ・・・ぅぁっ・・・秋乃さん何て格好で・・」
見る間に赤面

「とーるー顔真っ赤―」

「な・・・何だ?あんずも来てるのか?」

「な・・・何ですか・・なんなんですかぁぁぁぁ」

「だーからーあっち向いてなさいって。それともなぁに?とーる君、興味の
在るお年頃かなー?・・・」

ニヤァ・・・とからかう様な顔で少年の顔を見る。

「あー・・・」

納得したように秋乃が頷く

「あんたも少しは恥らいなさい。」


「何で・・・なんで俺の周りはこんな女性ばかりなんだ・・・」
としゃがみ込んで地面にのの字を書く。

「おゃぁ・・・透さんも蟻さんに興味が?」

「やめて下さいよ、さらさん。」


「とーるーおなか空いたー。」

「何で俺に云う・・・。」

「リュックのなか〜。」

「これはお昼だって、家出る前に食べてきただろうに。」

「でも、おなか空いたのー。」


「でーね紫蘇。ま、助け合いってやつよ。じいが『見て来い、見てきて、お願い・・・』
って云うから来たのよ。手は・・・要るでしょ?」
コブシをにぎり親指のみを立てた状態で肩の辺りで振る

「あ・・・あぁ、まぁそうだな。」

「ふふん、す・な・おー」

「う・・・うるさい。」

「ま、着替えといで、透くんが危険だから。」


「何ですか、危険って・・・」

「透さん危険なんですか?」

「さ・・・さらさん・・・TAT」


「とーるはきけーんきけーんー」




顔を隠しながら室内に戻る。
何とも云えない表情で涙がこぼれる

「お姉さま・・・大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫・・・」

秋乃はクシャクシャの着物の袖で姉の顔を拭う。




「うわ・・・何これ・・・」

「えー・・・これも直すんですか?」

「当然、透くん、任せた。」

「何ですか、それは。」




「何を騒いでいる?」

巫女装束に着替えた紫蘇と秋乃、袴の赤が眩しい。


「あ、紫蘇さん、灯籠が崩れてまして。」


「風でなんて倒れるものなの?」

「いや・・・それは結構前から倒れたままだ。女一人では直しようがなくてな。」

「そうでしょうね」

と、透はうんうんと頷く。

「やはり、一人では無理です。」

「透くんはおっとこの子でしょう・・・大丈夫。」

「じゃ、ないですって。」


色々話し合った結果みなで力を合わせてと云う事に。

「当たり前ですよ。一人じゃとてもじゃないけど・・・」

「透くんなら大丈夫だと思うんだけどなぁ・・・」

「何をして大丈夫と思うんですか。俺は普通の中学3年男子生徒ですよ。」

「え・・・あんた何年中学生やる気なの?」




   云わないであげて下さい。





「おい、あんず・・」
と、紫蘇はおにぎりを差し出す。

「え、ちょっと、紫蘇?いいってば。」

「そうもいかない、私達はこれから朝ごはんだからな。」
秋乃が起きる前に作ったご飯と味噌汁と漬物とを秋乃に運ばせる。



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「うぅ・・ん・・・と、これを・・・乗せれ・・・ば・・・」
「ちょい左かな・・・あ、行き過ぎ・・うん、そんな感じ。」

「まーだー?飽きたー」
あんずはふくれっ面をしながらうろうろ歩き回る。

「はぁはぁはぁ・・・何か・・・やれば出来るものなんですね。」

「うんうん人生ってそんなもんよ。それを教えたくって・・・」


「嘘でしょう。」


「あはー・・・」


「そろそろお昼にしよっか、透くんお弁当出して。」

「あ、はい。」

と木陰に置いていたリュックから重箱を取り出した。


「わーいおっひるー」

あんずは駆け回る

「元気だな・・・おまえは。」



「ぽんぽんー」

と云いながらあんずはおなかを叩きながら寝転がる。


 ザザザー

木々を渡る風・・・
清々しく気持ちのいい風・・・
昨夜はあんなに怖い位の風だったのに・・・
同じ風の筈なのに・・・

「ちょっと寝る・・・朝、早かったからね。」

時子もあんずにならって寝転がる。
さらは縁台の下に目をやり、

「蟻さん・・・昨日は怖かったですね・・・」

透は膝の上に乗り欠伸をしている猫を撫ぜる。

「あーきのー・・・遠慮なさい。」

「にゃぁ・・」


「いやいやいや。今人型に戻らないで下さいよ。」


透はわたわたと焦る。


「あっはっは、透くんのえっちぃ〜」


寝転びながら笑い転げる時子。


「いい風ですわねお姉さま」


「あぁ・・・いい風だ・・・。」




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「さってと午後の部開始としますか。」
時子はむくりと起き上がり支度を始める


「ですね、日が落ちるまでには家に帰りたいし。」

「透さま、泊まって下さっても構いませんよ。」
秋乃はもぞもぞと巫女装束の中に潜り込む
「そんな女性二人暮らしの所になんて俺が構いますよ。」

「ぶはっ」

「何ですか?時子さん」

 ガザガザザシュシュ・・・・



 シャァシャァシャァ・・・


「落ち葉が水を吸って重いですね。」
箒に絡まる落ち葉を振って払いながら


「竹箒じゃ・・・熊手誰が使ってますか?」

「さっきあんずが振り回してたよ?」

「何やってんだ、あいつは。」

「あんずー熊手はー・・・」
と振り返る。


 ドガグラワッシャン

 ガタンドム


「何の音ですか?」


「なー・・・なにやってんだよ、あんず。」

見るとあんずは賽銭箱の上にへたり込み、鈴は床に落ちていた。


「何にもしてないもん、ちょっと音が聞きたかっただけだもん。」

「ぶら下がったんじゃないのか?」

「そんな事してないもーん。」
と、ふくれてしまった。
「お気になさらないで下さい、この社自体かなり痛んでますから」
秋乃はあんずをなだめながら、

「お怪我はありませんか?」
と、やさしくきいている。

「ほらーあたしの所為じゃないじゃーん」

「だからってなぁ。」

・・・・・・・・

「くすくすくす・・・」

「ん?どうしたの紫蘇?」


「いや・・・にぎやかだな、と思って・・」


『ふっふっふ・・・いいだろー。』

時子はうちじゃいつもこんなんだ・・・と云うのは止めた。
かわりに

「うちにも来な・・・ね。いっしょににぎやかになろう・・・これからは」

「ん?私もあんなになるとでも云うのか・・・」
ちょっと嫌そうな顔をした。


「こんなもんかな」と落ち葉の山を前に皆で揃う
「どうするんですか?これ枯葉なら落ち葉焚きも出来ますけど・・・」


「何?透くん、落ち葉の使い方って焚き火しか知らないの?」

「え?他に何に使えって云うんですか?」

「濡れ落ち葉に火は点かないと思いますけど・・」
ぽそっと首をかしげた秋乃が呟く

「あ。」  



ブァッショァァアァァン・・・

っとそこにあんずが突っ込んで来た。

先ほどから掃除に飽きたあんずは境内の中を走り回っていたが、
石畳の縁に足を躓かせたようだ。



「なーーー・・・」




「何やってんだおもあえはぁぁぁ」


濡れた落ち葉を顔や着物に張り付かせながら立ち上がるあんず。

「ぶーーーとーるのいじわるーー」

いつもの突進、あんずの一撃は透の下腹辺りに見事命中。

「ぐふぅうう・・・」

透は3歩・・・4歩と下がり何かに寄りかかる・・・


ゴッグガラドッシャリ

ズン


「あらあら折角積み上げた灯籠が・・・」


「ちょっと、大丈夫?透君・・・」


時子が駆け寄る。



「あっはっは、まるで台風一家だ・・・。」

本当に楽しげに腹の底から湧き上がる笑いに
久々の笑いに・・・・




その日の夜、紫蘇は腹筋が攣った。




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